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第5回内国勧業博覧会の敷地設定におけるスラムクリアランスへの影響
- 刊行年
- 1994
- 収録
- 『ランドスケープ研究』 58(5) pp. 21-24
- 言語
- 日本語・英語
- doi
- 10.5632/jila.58.5_21
- issn
- 1340-8984
- jstage_journal
- jila1994
- openalex
- W2316693939
- mag
- 2316693939
- URL
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/jila1994/58/5/58_5_21/_article/-char/ja/
要旨
本論は大阪天王寺公園の前身である第5回内国勧業博覧会の敷地設定について周辺地域の社会・歴史・空間的文脈から再検討することを目的とする。敷地周辺地域としては江戸時代からの貧民街である長町 (名護町) を取り上げる。考察の結果, 敷地と道路とが一体となって計画されるという近代都市計画的なプロセスが第5回内国勧業博覧会の敷地設定に見られることが明らかになった。博覧会の敷地が設定された地域は, 明治19年以降, 大阪市域の都市政策による度々の排除にさらされながらも存在してきた長町 (名護町) に近接した地域であった。そして, 日本橋筋が博覧会敷地へのアクセス道路として整備されていく中で, 長町はクリアランスされた。
主題
この書誌の出所
- jstage— 10.5632/jila.58.5_21(2026-08-13取得)
- openalex— W2316693939(2026-08-13取得)
引用キー: 永橋1994第5回内国勧業博覧会