論文 ·日本語 ·未確認
A STUDY OF BÖCKMANN'S CITY PLAN FOR TOKYO, FOCUSING ON THE SELECTION OF LOCATION FOR THE NATIONAL DIET BUILDING
- 刊行年
- 2014-01-01
- 収録
- 『Journal of Japan Society of Civil Engineers Ser D3 (Infrastructure Planning and Management)』 70(5) pp. I_1-I_20
- 言語
- 英語
- openalex
- W4213341298
- doi
- 10.2208/jscejipm.70.i_1
- issn
- 2185-6540
- URL
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejipm/70/5/70_I_1/_pdf
要旨
建築家ヴィルヘルム・ベックマンが明治19年(1886)に立案した東京の都市計画(東京計画)は,国会議事堂の位置を,現在と同じ永田町の丘に示した初めての都市計画である.しかし,この事実は歴史に埋もれ,これまで研究の対象とされてこなかった.本研究は,国会議事堂の位置選定に主眼を置いて,ベックマンの東京計画を初めて詳細に論じ,主に次のような事実を明らかにした.1) 彼の議事堂の位置選定は,当時の政府の方針や新聞・雑誌の報道とは異なる,斬新なものであった,2) それは,彼の確固とした意思と見解,そして,東京の地形への確かな理解に基づくものであった,3) 議事堂の位置を永田町の丘としたことは,放射状道路網の線形設計をはじめ,彼の東京計画全体に支配的な影響を与えた.
主題
この書誌の出所
- openalex— W4213341298(2026-08-13取得)
引用キー: SHIMIZU2014BAmpOuml