論文 ·日本語 ·未確認

WHAT HAVE JAPANESE SUBSTITUTED FOR SCIENCE?

Keiko SHINOHARA Ken KAWASAKI

刊行年
1989-01-01
収録
『Bulletin of Society of Japan Science Teaching』 30(1) pp. 39-46
言語
英語
openalex
W4381187771
doi
10.11639/formersjst.30.1_39
issn
0389-9039
URL
https://www.jstage.jst.go.jp/article/formersjst/30/1/30_39/_pdf

要旨

『物理階梯』は、日本最初の初等理科教科書である。それには、自然科学の対象・方法・目的を紹介するための、編者・片山淳吉自身によって記された「總論」が付け加えられている。「總論」に使用された言葉は、朱子に代表される宋学の術語である。それにもかかわらず自然科学は、格物窮理学における認識の方法をあえて逆転させることにより、説明されているのである。しかしこのような説明は、理科を学ぶことによって自己を陶冶し、人倫に関わる道を予め閉ざしてしまうという働きをもつものである。我国の理科教育がこのような始まりを持つことは、理科教育の理念にさまざまな問題を残すこととなる。このような問題を解決するためには、本来異文化に属するはずの西欧自然科学を、伝統的な“自然と人間とのかかわり“との対比の上で把握するという手続きを欠かすことはできない。伝統的な自然観と、西欧自然科学を育んだ自然観との間に存在する相違を、意識的に認識するという努力を通してのみ、現在理科教育に存在している混乱を解消することができるのである。上述の手続きは、我国の理科教育において現在最も重要な課題の一つである国際化を進める上で、効果的な手段とも見なせよう。国際化とは、他国と同一化することではない。それは、自らの立場を相手の言葉で説明すると同時に、相手の立場を理解し、尊重しようとすることなのである。この意味において、理科教育の国際化とは、伝統的な”自然と人間とのかかわり”を意識化した上で、自然科学の論理に従う”自然と人間とのかかわり“を理解し、伝統的なものとの調和を図ることである。文化の排他的側面を考慮するならば、相異なる文化との調和は、本来不可能であるように思える。しかし、調和に少しでも近づこうとする努力そのものが、理科教育における国際化であるといえよう。

主題

この書誌の出所

  • openalex— W4381187771(2026-08-13取得)

引用キー: SHINOHARAKAWASAKI1989WHATHAVEJAPANESE

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